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戦国時代
1568年、尾張国の織田信長が足利義昭を奉じて上洛したことより戦国時代の状況が一変する。信長は義昭の名で四方大名へ命令を発布、天下人への道を歩み始める。
信長の動きに関連して各地方も統一への道を歩み始める。北条、武田、上杉、毛利などである。これらの全国の大名は信長派か反信長派に分かれて争うことになる。将軍の足利義昭が音頭を取り、比叡山、本願寺、武田信玄、上杉謙信、朝倉義景、浅井長政、松永久秀、三好三人衆、毛利輝元ら反信長派が結集して信長包囲網を築き上げたが各個撃破を受け失敗、足利義昭は京都を追われた(幕府という形態はこの後、備後の鞆に細々と続く)。つづいて自らの利権を失うことを恐れた本願寺も信長に反発、全国の一向一揆を動員して10年間徹底的に抗戦した。織田信長はこれらの敵対勢力をすべて撃ち破り、自らが本能寺の変で倒れる1582年までには日本中央部を制圧し、天下統一の寸前までを実質的に成し遂げた。
織田 信長(おだ のぶなが、天文3年5月12日(1534年6月23日) - 天正10年6月2日(1582年6月21日))は、戦国時代から安土桃山時代の武将・大名。
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